【2025年出生数】東京都だけが増加した真の理由:周辺県が「ブラックホール」と嘆く前に直視すべき経済学的効果

2025年、東京だけが「少子化」に抗った

2026年2月、厚生労働省が発表した人口動態統計の速報値は、多くの専門家や行政関係者に衝撃を与えました。日本全体の出生数が10年連続で減少し、過去最少の約70万人へと落ち込む中、東京都だけが9年ぶりに出生数を増加(前年比1.3%増の約8.8万人)させたのです。

「東京はブラックホール型自治体だ」「地方から若者を吸い上げているだけだ」

周辺自治体の首長や地方からは、以前からこうした批判の声が上がっていました。しかし、今回発表された数字は、単なる人口移動(社会増)の結果だけでは説明がつきません。ここには、東京都が強烈に推し進めてきた「子育て支援政策」が、人々の意思決定構造を変え、実際の行動(出産)に結びついたという明確なシグナルがあります。

なぜ東京だけが勝ち、国や周辺県は負け続けているのか。その本質を、政策のインセンティブ設計と行動経済学の視点から読み解きます。

「018サポート」と「無償化」が変えた景色

東京都の勝因は、施策の「わかりやすさ(Salience)」と「コミットメント」にあります。小池都政が打ち出した「018サポート(0〜18歳に月額5000円支給)」「私立高校授業料の実質無償化(所得制限撤廃)」は、子育て世帯にとって強力なナッジ(行動を促す仕掛け)となりました。

「申請疲れ」させない所得制限撤廃の威力

これまでの国の支援策は、複雑な所得制限や面倒な申請手続きがつきものでした。「年収910万円の壁」や「特例給付」といった細かい線引きは、中間層にとって「自分たちは支援対象外かもしれない」という不安と諦めを生んでいました。これは行動経済学でいう「認知コスト」の増大を招き、制度利用のハードルを上げていたのです。

対して東京は「所得制限なし」を掲げました。これは単に高所得者を優遇するためではありません。「東京で子育てをすれば、無条件でこれだけの支援が受けられる」という明確なメッセージ(コミットメント)となり、子育てに伴う将来の経済的不安という認知コストを劇的に下げたのです。

「ブラックホール」と批判する周辺自治体の怠慢

東京都の出生増に対し、埼玉県、千葉県、神奈川県などの一部知事からは、かねてより「財政力の差による不公平」「東京一極集中が加速する」といった懸念の声が上がっていました。彼らは国に対し、東京との格差是正を求めています。

しかし、厳しい言い方をすれば、これは「努力しない者の言い訳」に聞こえます。

確かに東京都の税収は潤沢です。しかし、周辺県も政令指定都市を抱える巨大自治体であり、本来であれば独自の優先順位で予算を配分できるはずです。東京が「子育て」に全振りする一方で、周辺県は「東京のせい」にして、住民にとって魅力的な対抗策を打ち出せていません。

住民は合理的です。「家賃は高いが、教育費と医療費がタダ同然で、現金給付もある東京」と、「家賃は少し安いが、支援が薄く、所得制限で弾かれる周辺県」。どちらがライフハックとして優秀か、答えは明白です。批判ポーズをとる暇があるなら、選ばれる自治体になるための「政策競争」をすべきでしょう。

行動経済学で見る「産んだらお得」の効果

「少子化対策には結婚支援が必要だ」という言説があります。確かに未婚化は少子化の主因ですが、行政が「結婚しろ」と旗を振っても効果は薄いでしょう。

ここで重要なのが、ユーザーが指摘する「結婚して子供を産むと、他者よりも圧倒的にメリットがある」という状況を作り出すことです。

  • 損失回避性(Loss Aversion):「今、東京に住んでいて子供を産まないと、月5000円×18年分や授業料無償化の権利を捨てることになる(損をする)」という心理が働きます。
  • 現在バイアス(Present Bias)への対処:「将来の教育費が不安」という遠い未来のネガティブ要素を、「毎月現金がもらえる」「高校まで無料」という確実かつ即時的なポジティブ要素で相殺します。

「子育て支援=既婚者へのバラマキ」という批判は的外れです。子育て支援が圧倒的に充実していれば、それが「結婚・出産への強力なインセンティブ」となり、結果として未婚層の背中を押すことになるのです。

旧来の「異次元」が霞むワケ

ひるがえって、国の政策はどうでしょうか。岸田政権下で掲げられた「異次元の少子化対策」は、財源論での迷走や、「支援金」という名の実質的な負担増議論によって、国民にネガティブなイメージを植え付けました。

児童手当の拡充などは行われましたが、東京のスピード感と比較すると周回遅れと言わざるを得ません。「2030年までがラストチャンス」と言いながら、効果が出るかわからない小手先の修正に終始した結果が、2025年の全国出生数過去最少という現実です。

もし国が、東京レベルの支援(所得制限なしの現金給付、完全無償化)を「日本に住み、子育てをするすべての世帯」に広げていたらどうなっていたでしょうか。「東京に住むこと」ではなく「日本に住むこと」自体が子育てのインセンティブになっていたはずです。

まとめ:反省と模倣を急げ

東京都の成功は、「金があるからできた」で片付けてはいけない事例です。「シンプルで、制限がなく、即効性のある支援」が、人々の行動を変え、出生数を増やせることを証明しました。

国や周辺自治体は、東京を批判するのではなく、その成功要因を直視し、反省の念を持って模倣すべきです。「東京の子育てはすげー」という認知が「日本の子育てはすげー」に変わるまで政策レベルを引き上げること。それこそが、少子化という国難に対する唯一の「解」なのです。